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津地方裁判所 平成9年(行ウ)10号 判決

原告

藤波巧(X1)

服部郁夫(X2)

小倉三郎(X3)

安中仁作(X4)

右四名訴訟代理人弁護士

松葉謙三

被告(三重県菰野町長)

服部忠行(Y)

右訴訟代理人弁護士

楠井嘉行

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第三 当裁判所の判断

一  前記争いのない事実に〔証拠略〕によって認められる事実を総合すれば、本件の経緯について、以下の各事実が認められる。

1(一)  本件組合は、平成五年一〇月二三日設立準備会を行い、同年一一月二七日創立総会を行い、平成六年一月二七日三重県知事により設立が認可され、同年三月四日設立登記がなされたものであるが、事業推進の方法において、菰野町松葉の郷農住組合とは次のような差異があった。第一に、工事の施工は、菰野町松葉の郷農住組合では町に委託されたのに対し、本件組合では直営によって行われ、第二に、換地の方法については、菰野町松葉の郷農住組合では保留地を先に確保する方法が採用されたのに対し、本件組合では組合員の換地を優先させる方法が採用され、第三に、保留地の分譲方法について、菰野町松葉の郷農住組合では農協に委託されたのに対し、本件組合では組合員の紹介等による直営によって実施された(〔証拠略〕)。

(二)  甲野は、平成四年四月一日から平成五年三月三〇日まで菰野町建設課の企画監(下水道事業担当)として、農住組合に係る指導事務等を担当し、菰野町松葉の郷農住組合の設立を指導し、その後、平成五年四月一日下水道課長に就任したが、平成五年九月以降、菰野町松葉の郷農住組合の設立を指導した経験を踏まえて、勤務時間外に、いわゆる無報酬のボランティアとして、本件組合の役員らに対し、本件組合の進め方や技術的内容について助言等を行ってきたが、小作権割合の決定や工事施工業者の選定などの本件組合事務の実質的な内容にかかわることはなかった(〔証拠略〕)。

2(一)  本件組合の土地区画整理事業施行区域は、菰野町大字菰野字宝永及び字甕野の一部であり、本件土地は本件組合の土地区画整理事業施行区域内にあるところ、本件組合による土地区画整理事業が開始された当時、畑田が本件土地を所有し、伊藤がこれを小作していた(〔証拠略〕)。

(二)  本件組合では、平成五年九月、所有者の底地権と小作人の小作権の割合を七五対二五と決定した(〔証拠略〕)。

(三)  伊藤は、平成五年一二月ころ、本件土地の小作権を池田國夫に譲渡しようとしたが、同人に断られた。そのころ、伊藤は、甲野より、本件組合の事業遂行には全員の同意が必要であること及び土地の所有者には小作権の買戻権があることを教示された(〔証拠略〕)。

(四)  伊藤は、平成六年五月初旬ころ、甲野に対し、小作権相当部分の土地を買って欲しい旨依頼したが、甲野は、伊藤に、畑田の買戻権が優先する上、本件組合の了解が必要である旨説明し、右申入れに返事をせず、暗にこれを断った。これに対し、伊藤は、甲野に、従前のいきさつから畑田宅には行きにくい事情があるので、畑田の意向を確認して欲しい、できれば一坪当たり一〇万円の単価(総額八八四万八一三八円)で小作権相当部分の土地を売却して欲しい旨依頼した。そこで、甲野は、同月中旬ころ、畑田に対し、伊藤の意向を伝えたところ、畑田は、甲野に、小作権相当部分の土地の買戻は希望しない旨回答した(〔証拠略〕)。

(五)  伊藤は、小作権相当部分の土地を売却する強い意向を有していたが、甲野は、本件組合の運営には関係者全員の同意が必要であることから、小作権相当部分の土地が他の不動産業者等へ売却されると本件組合の事業推進に重大な支障を来すと考え、本件組合の組合長と相談の上、止むを得ず、伊藤の希望価額より高額の九〇〇万円で小作権相当部分の土地を購入することとした。甲野は、平成六年五月三一日、伊藤との間で、本件土地のうち伊藤の持分四分の一(二九二・五〇平方メートル)を代金九〇〇万円で購入する売買契約を締結したが、小作権相当部分の土地についての所有権移転登記は、本件土地から小作権相当部分の土地を分筆した上、平成七年三月一日贈与を原因として、同日付で畑田から甲野に対して直接なされた。甲野は、平成六年一二月二〇日本件組合への加入の申込を行い、同月二六日本件組合より加入の承諾を受け、本件組合の組合員となった。

甲野の取得した小作権相当部分の土地(登記簿上の地積は三〇〇平方メートルである。)の縄延換算した場合の基準地の面積は三二七平方メートルであり、本件組合の土地区画整理事業において保留地を生み出すための適正換地率は七八・〇四パーセントであったから、これを前提とすると、甲野の最終的に取得すべき土地の面積は約二五五平方メートルであるのに対し、甲野が換地を受けて最終的に取得した土地(以下、甲野が最終的に取得した土地を「現所有地」という。)の面積は三六九平方メートルである。甲野の取得した現所有地が適正換地率に基づく面積を上回ることとなった経緯は次のとおりである。すなわち、甲野は、当初現所有地とは別の場所に仮換地を受けていたが(地積は二〇八平方メートルである。)、現所有地付近に仮換地(地積は二四二平方メートルである。)を受けた組合員が、そこでは近隣地からの騒音及び振動があることから別の保留地との交換を希望し、これが実行されたため、引取り希望者のいなくなった右仮換地跡地を当初の仮換地の場所に代えて改めて甲野に対する仮換地場所とすることとなった。その際、甲野は、右仮換地予定地が南西隅三メートル程度しか公道に接していなかったため、道路に接する部分を長くするために右仮換地予定地の南側にある仮換地未指定地を取得することを希望し、そのための土地の部分の面積一二七平方メートルのうち、七二平方メートルを清算金四五一万四二二二円を支払って増歩分として取得し、五五平方メートルを三五八万五〇〇〇円を支払って保留地として購入した。また、甲野の取得した右仮換地には北東角に排水路が存在するが、甲野が支払った対価にはこの部分も含まれ、土地の所有権移転費用も甲野が全額負担した(〔証拠略〕)。

3(一)  平成八年三月一一日、町議会第一回定例会で、服部某町議会議員によって、前記の甲野の本件組合の土地区画整理事業施行区域内の土地の取得の経緯及び本件組合の事業との関わりなどについて、質問がなされた(〔証拠略〕)。

(二)  町助役である諸岡耕一郎らが、平成八年三月一四日、町議会において、本件組合の役員及び甲野からの聞取り調査の結果に基づいて、甲野が小作権相当部分の土地を取得し、本件組合の組合員となった経緯、現所有地付近に換地を受けた経緯と保留地を求めることとなった理由並びに甲野が携わった本件組合の事務の内容などについて、ほぼ1(二)及び2(一)ないし(五)記載の内容の行政報告をした。しかし、町議会は、同年四月三〇日、町執行部に対し、町執行部がさらに右事項に関する調査をして報告するよう要請した(〔証拠略〕)。

(三)  平成八年六月二〇日、町議会において町執行部から右事項に関し「宝永農住組合における特定職員の土地取得と組合事業の関わりについて(報告書)」と題する文書による報告がなされた。右文書は、右事項に関し「結果的には積極的な個人的協力を行ったことにより区域内で土地取得という利を得たと見られるようになっていることは、十分なる思慮に欠け、不徳の致すところ」としながら、「違法性は見いだせない」と結論づける内容となっている。なお、報告書七ページには、甲野の本件組合の事務の従事状況に関し、「厳密に全て時間外であったかどうかについては、必ずしもそうでなかった部分もある。」との記載がある(〔証拠略〕)。

(四)  町議会は、町執行部による右報告が売主(小作人)の聞取りがなされていないことなどから調査が不十分であるとして、農住組合等調査特別委員会を設置して調査を開始した。農住組合等調査特別委員会は、平成八年八月一七日以降、本件土地の小作人伊藤、本件土地の所有者畑田、地域の農協役員、本件組合組合長加藤庄一、三重県土木部担当者などからの聞取り調査等を行った。伊藤は、平成八年八月一七日に行われた聞取り調査に対し、小作権相当部分の土地を売却しようと思った動機について、土地区画整理に必要な土地の面積として九〇坪程度が必要なのに、自分は小作権相当部分の土地として五〇坪しか取得できず、四〇坪余りを買い足さなければならないために売ろうと思った旨述べ、そう思った原因については、一方では自分で判断したと述べ、他方で、甲野からその旨説明を受けたからと述べた。また、伊藤は、本件組合の事業が始まる数年前に甲野から本件土地を売って欲しいと依頼された、甲野に小作権相当部分の土地を買って欲しいと依頼をした際、甲野から所有者(地主)に買戻をしてもらうのが筋だという話は聞かなかったと述べた。農住組合等調査特別委員会は、聞取り調査等の結果を受け、平成八年一〇月一一日、農住組合等調査特別委員会審査結果報告書を作成したが、同報告書には、「甲野氏の参考人招致を二度にわたり行ったが、(中略)本人の出席が得られないため、重要な相違点について事実確認を解明するに至らない。」「各参考人招致により、町行政報告と重要な諸点で相違点があることが明らかになった。甲野氏が土地取得のため、伊藤氏が土地を手放すよう誘導した疑惑は深まった。」「農住組合事業は本来、建設課が指導監督する事業であるにもかかわらず、水道課長である甲野氏が事業に深くかかわり、事実上、指揮監督を行っていた。担当課の管轄を侵すような行為を許した町長の幹部職員に対する指導監督責任は大きい。」「甲野氏本人に当委員会に出席協力を要請すると共に、権限を持つ一〇〇条調査委員会を設置する方針を持ち、引き続き疑惑解明の必要がある。」などの記載がある(〔証拠略〕)。

4(一)  菰野町「職員勧奨退職優遇措置要綱」には、平成九年三月三一日現在において、勤続年数が二五年以上で、特に町長が認めた者に、本件条例五条に定める退職手当を支給する旨の定めがある(〔証拠略〕)。

(二)  菰野町前水道課長であった甲野は、平成八年一月一七日、菰野町長に対し、職員勧奨退職優遇措置要綱に基づき、同年三月三一日付をもって退職を希望する旨の退職願を提出し、同年三月三一日、菰野町役場職員を退職した(〔証拠略〕)。

(三)  本件特別負担金は、平成七年度菰野町一般会計補正予算(第五号)において、目 一般管理費、節 共済費(退職手当特別負担金)で予算計上され、平成八年三月二六日町議会において可決決定された。なお、その際、総務財政委員会委員長より、三重県市町村職員退職手当組合の特別負担金の支出について、「今回の水道課長の一連の行動におきましては、議会側の対応が議会運営委員会に預けた形となっております。この平成七年度一般会計補正予算は賛成多数で可決すべきものと決しましたが、総務費、または総務管理費のうち、退職手当組合特別負担金の執行については、今の現状を考慮し、再度議会の同意を得た上で、執行して頂くよう総務委員会としてはお願いしたことで御座いますので、よろしくお願いをいたします。」との発言があった。しかしながら、菰野町議会会議規則には、表決には、条件を付することができない旨の定め(七九条)がある(〔証拠略〕)。

(四)  菰野町は、平成八年五月二八日、退職手当組合特別負担金の支出負担行為を決定し、同年六月二一日、本件事務組合に対し、本件条例一八条に基づく本件特別負担金を納付した(〔証拠略〕)。

(五)  甲野は、平成八年七月一日、本件条例五条に基づき、本件事務組合により本件勧奨退職金を受領した。

5  原告らの措置請求書には、「請求の要旨」との表題の下で、本件監査請求の内容について、「菰野町は、平成八年六月二一日三重県市町村職員手当組合を通じて前水道課長甲野太郎に対し、菰野町職員勧奨退職金要綱1項(1)〈2〉『特に町長が認めた者』との条項により優遇措置を認め、勧奨退職金四八五万八二九六円を支払った。しかしながら、前水道課長には、そのような優遇措置をとる理由はなく、勧奨退職金の支払いは違法・不当である。」「よって、町長が菰野町に金四八五万八二九六円を損害賠償する措置をとることを求め」との記載がある(〔証拠略〕)。

二  争点1について

本件訴えが適法な監査請求を前置しているか否かについて検討するに、本件勧奨退職金の支払手続は、町が本件事務組合に本件勧奨退職金と同額の本件特別負担金を支払い、本件事務組合が本件特別負担金と同額の本件勧奨退職金を受給者に支払うという一連の手続であって、本件特別負担金の支払がなければ本件勧奨退職金の支払も実質的にはあり得ない関係にある上、本件監査請求における措置請求書には、町が本件事務組合を通じて甲野に支払った本件勧奨退職金の支払は違法である旨の記載があり、その支払日としては、本件特別負担金の支払がなされた平成八年六月二一日の日付が記載され、菰野町が町長個人に対し本件特別負担金に相当する全額の損害賠償を請求することを求める旨が記載されている。したがって、本件監査請求は、その対象となる財務会計行為としては、菰野町による本件事務組合に対する本件特別負担金の支払の違法を対象とする趣旨は明らかというべきであり、本件訴えが適法な監査請求前置の要件に欠けるということはできない。

三  争点2について

1  前記一3(一)ないし(四)記載のとおり、甲野による小作権相当部分の土地の取得や同人の本件組合の事務への関与等が、町議会において問題視され、町執行部や町議会の設置した農住組合等調査特別委員会などによって調査がなされたことが認められるが、農住組合等調査特別委員会の調査結果も甲野が小作権相当部分の土地の取得を手放すよう誘導した疑いが深まったとするにとどまるものであって、それ以上に、甲野が小作権相当部分の土地を含む現所有地の取得によって不当に利益を得たなどの原告らの主張の事実を認めるに足りる確たる証拠はない。そして、前記一2(一)ないし(五)認定のとおり、甲野による小作権相当部分の土地の取得は、通常の契約当事者間の合意に基づく売買契約によるものであって、その余の増歩分及び保留地の取得も相当な対価を支払った上でなされたもので、何ら問題視される点はないし、また、前記一1(二)認定のとおり、同人の本件組合の事務への関与も、職務外に行われたものと認められ、職務専念義務に違反するなどの原告らの主張の事実を認めるに足りる確たる証拠はない。

そして、前記一4(一)ないし(四)認定の各事実によれば、菰野町長による本件特別負担金の支出は、本件条例及び町議会の議決に基づいてなされたもので、適法であることは明らかというべきであり、同町長が甲野の退職について優遇措置をとったことにつき裁量権の逸脱は認められない。

2  なお、前記一3(四)認定のとおり、農住組合等調査特別委員会の聞取り調査に対し、伊藤が、甲野から小作権相当部分の土地として五〇坪しか取得できないと説明を受けた旨、本件組合の事業が始まる数年前に甲野から本件土地を売って欲しいと依頼された旨、甲野に小作権相当部分の土地を買って欲しいと依頼した際甲野から所有者(地主)に買戻をしてもらうのが筋だという話は聞かなかった旨述べたことが認められるが、右伊藤の供述は伊藤作成の土地売買の経過書(〔証拠略〕)、甲野作成の報告書(〔証拠略〕)、証人甲野及び同伊藤の各証言に照らし信用できない。

四  結論

よって、本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山川悦男 裁判官 新堀亮一 藤井聖悟)

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